2025年5月、イタリアの高級ジュエリーブランド「ブルガリ」が展開したインフルエンサーマーケティング施策をきっかけに、SNSを中心に大きな批判が巻き起こりました。「ブルガリショック」とも言えるこの騒動は、複数のインフルエンサーによるPR投稿が大量に発信されたことが発端でした。一部のユーザーからは「ブランドの価値を下げている」「港区のパパ活系をターゲットにしているのか」といった厳しい声が寄せられています。ブルガリは「世界5大ジュエリー」と称されるほどのラグジュアリーブランドであり、その高級感や特別感に憧れを抱くファンは世界中に数多く存在します。しかしながら今回のように、多数のインフルエンサーを一斉に起用する手法が「憧れ」という本来のブランド価値を損ねる結果を生んでしまう事例は、近年のSNSマーケティング活用における大きな課題として浮き彫りになりました。本記事では、この「ブルガリショック」がなぜ炎上にまで発展したのか、その背景やブランド側の視点を分析しながら、インフルエンサーマーケティングの難しさとブランド価値との関係について考察します。ブルガリショックの概要:何が起こったのか今回の炎上騒動は、とあるインフルエンサーがInstagramで「#bvlgarijewelry」というハッシュタグを付けてPR投稿を行ったことが直接のきっかけでした。ハッシュタグをたどったユーザーは、同様にブルガリをPRする投稿を行うインフルエンサーが複数存在することに気づきます。これ自体は、企業が商品やブランドを広く周知するためにSNSでインフルエンサーマーケティングを実施する一般的な手法です。ところが今回のPRでは、消費者の中には「なぜこの人がブルガリをPRしているのか?」と違和感を覚える人も多かったようです。また、インフルエンサーの投稿が大量に流れてくること自体が、ハイブランドの持つ“希少性”や“特権的なイメージ”とそぐわない印象を与えてしまったのです。実際、SNS上には以下のようなネガティブな反応が投稿されました。「ブルガリは港区のパパ活系をターゲットにしたブランドだったのか。。。普通に悲しい。」「私の持っているディーヴァの価値がインフルエンサーのせいで毀損されました #ブルガリ」こうした率直な書き込みは、多くのユーザーやファンがブルガリに対して抱いている「憧れ」「高級感」「特別感」が、今回の施策によって揺らいでしまったことを示しています。もともと希少性や高級感を売りにしているハイブランドにとって、「誰にどのように情報発信を行うか」はブランドイメージの根幹に関わる極めて重要な要素なのです。ブルガリが提供する価値とは?~「憧れ」を売るラグジュアリーブランドブルガリは、イタリア発祥のジュエリーブランドとして世界的に知られています。数百万円単位のジュエリーや時計はもちろん、比較的手が届きやすい価格帯のアクセサリーや香水も展開しており、幅広い商品ラインナップが特徴です。とはいえ、同社の商品を身につけることは「ラグジュアリーな自己表現」であり、「豊かさや成功の証」とも見なされることが少なくありません。ハイブランドの商品は、単に宝石の素材やデザインそのものだけでなく、そこに付随する“ブランドストーリー”や“ステータス”も含めて消費者が購入するものです。つまり、高級感や特別感、社会的評価への期待といった無形の価値が大きく影響しています。ブルガリに憧れる人は、ジュエリーそのものだけでなく、そこに象徴される「富」「洗練」「成功者のオーラ」などに強い魅力を感じているのです。インフルエンサー選定のズレ:なぜ炎上したのか?今回の炎上の主因は、ブルガリが起用したインフルエンサーのイメージが、消費者がブランドに抱いている認識とかけ離れていたことにあります。本来、ブルガリのような高級ブランドは、起用するインフルエンサーについて、単にフォロワー数が多いかどうかだけでなく、そのライフスタイルや社会的評価が、ブランドの顧客層(潜在層も含む)にとって「憧れ」や「共感」を抱かせる存在であるかを慎重に見極める必要があります。しかし、今回の事例では消費者から「なぜこの人物が?」と疑問視されるような人選が一部行われました。その結果、「ブルガリを身につけることによって得られる憧れやステータス」が大きく損なわれる形となり、最終的にはSNS上で批判が広がり、炎上にまで至ってしまったのです。消費者視点から見たフォロワー数に対する認識の問題さらに、今回の炎上に拍車をかけたのは、フォロワー数が“十数万人以下”といった比較的少ないインフルエンサーに対し、「ブランドを十分に代表できる格があるのか」という否定的な感情を抱く消費者が一定数存在する点です。特に高級ブランドやラグジュアリー製品では、“特別感”や“希少性”が重要視されるため、こうした消費者の中には「影響力が十分でないインフルエンサー=ブランド価値を下げる存在」と捉える傾向があります。このように、フォロワー数のみならず「そのインフルエンサーは本当にブランドイメージに相応しいか?」という、消費者の心理的ハードルを越えることが難しかったことも、一連の炎上に繋がった要因といえるでしょう。結果として、ブルガリ側はフォロワー数の多寡だけでなく、消費者が直感的に「この人ならブルガリを身につけても違和感がない」と思えるかどうかを見極める必要があったのです。インフルエンサーマーケティングの現状~コストと効果のジレンマ一方で、ブランド側の事情を考えると、インフルエンサーを活用することは現代のマーケティング戦略では極めて一般的です。SNSが浸透した今、商品やブランドの存在感を高めるうえでインフルエンサーマーケティングは欠かせない施策として定着しています。 インフルエンサー起用の高コスト化インフルエンサーマーケティングが一般化したことにより、影響力の大きいインフルエンサーのギャラやタイアップ費用は年々高騰しています。数年前であれば商品を無償提供(ギフティング)するだけでSNS投稿を獲得できたケースもありましたが、今やよりフォロワー数が多い、もしくは高いブランド力を持つインフルエンサーほど、相応の報酬や契約がないと動いてくれないのが現実です。ハイブランドとしては、イメージに合う高いステータスや洗練されたライフスタイルを持つインフルエンサーに依頼することが理想ですが、そういった人材ほどオファーが集中し、報酬も高騰します。予算の配分を慎重に行う必要があり、著名な女優やタレントへの高額な契約を継続的に行うことは現実的に難しくなる場合も増えてきています。一方で、フォロワー数の多い手頃なインフルエンサーに広くアプローチすると、ブランドイメージと合わないリスクが高まってしまう。このジレンマがブランド側の最大の課題であり、適切なコストとブランド価値維持のバランスをどう取るかが重要になります。フォロワー数だけでは測れない“真の影響力”インフルエンサー選定の際、最も簡単な指標がフォロワー数であることは間違いありません。しかし、実際にはフォロワー数が多いインフルエンサーが必ずしもブランド価値を高めてくれるとは限りません。むしろ、フォロワー数だけを指標にして起用した結果、ファンからの不信感やブランドイメージの低下を招く恐れもあります。大切なのは、そのインフルエンサーがどんなライフスタイルを発信しているのか、どのような層から支持されているのか、そしてブランドが本来重視している「価値」や「世界観」と合致しているかどうかです。ハイブランドの場合は特に、インフルエンサーの持つ“格”や“洗練度”がブランドに負けないものであることが望まれます。ブランド価値を守るために必要な視点「誰にどう語りかけるのか?」を明確にする高級ブランドであればあるほど、「誰にどういうメッセージを届けるのか」を明確に設定しなければなりません。潜在顧客を増やすために幅広い層へアプローチしたいという思いは理解できますが、下手に裾野を広げようとすると、既存顧客が抱く“ステータス感”や“特別感”を損なう可能性があります。ブルガリに代表されるようなラグジュアリーブランドは、まずはコアなブランドイメージに合うインフルエンサーの選定を最優先すべきです。そこで適切なメッセージを発信することで、結果的に高い顧客満足度や長期的なロイヤルカスタマーを育てられる土壌を作ることができます。これからのインフルエンサーマーケティング「ブルガリショック」と呼ばれる今回の炎上は、ハイブランドとインフルエンサーマーケティングの難しさを改めて浮き彫りにしました。一方で、多くのブランドにとってインフルエンサーマーケティングは今後も必要不可欠な手法であり続けることは間違いありません。それでは、どうすればブランド価値を損なわずに効果的な施策を打つことができるのでしょうか。インフルエンサーの“質”を重視するマーケティング上のKPI(Key Performance Indicator)として、インフルエンサーのフォロワー数といったわかりやすい”量”的な数値はどうしても注目されがちです。しかし、ハイブランドほどわかりやすい数値に加えて“質”を見極める必要があります。インフルエンサーが発信する世界観や人間性、フォロワーとのコミュニケーションの質、さらにはインフルエンサー自身がどのようなブランドと親和性を持っているのか、といった点を慎重に検討すべきです。ブランドが求める顧客像との一致インフルエンサーのフォロワー属性と、ブランドが本来狙っている顧客層とのマッチング度合いも重要です。たとえば、ハイブランドがターゲットとしているのは高収入層やラグジュアリーを愛好する層である場合が多いですが、そうした層が興味を持たないようなライフスタイルのインフルエンサーを起用しても、効果は限定的です。むしろ「合わない人を起用している」とネガティブな印象を与えかねません。まとめ~ブランド価値を毀損しないインフルエンサーマーケティングとは今回のブルガリの事例が示すように、ハイブランドほどインフルエンサーマーケティングにおいて慎重な選定と戦略が求められます。ブランドの価値を守りつつ、SNSを通じて効果的に魅力を発信するためには、以下のポイントが改めて重要となるでしょう。インフルエンサーのライフスタイルや発信内容が、ブランドの世界観と合致しているかを厳選する。フォロワー数だけでなく、エンゲージメントの質やフォロワー層の属性を考慮する。ラグジュアリーブランドに限らず、企業がインフルエンサーマーケティングを展開する際には、ブランドアイデンティティをどのように守るかが常に問われます。特にハイブランドは、希少性と特別感が命といっても過言ではありません。インフルエンサーはSNS時代を象徴する存在であり、その活用はブランドを時代に合わせて発信していくうえで欠かせない要素です。しかし、ブルガリのケースが示したように、“誰を起用するか”によっては、ブランドの根本的な価値をも毀損してしまうリスクがあるのです。だからこそ、インフルエンサーマーケティングを実施する際には「ブランドの哲学や世界観を伝える良質なパートナー」を慎重に選び抜き、短期的な効果よりも長期的な価値の維持・向上に注力することが、ハイブランドにとっては必要不可欠といえます。「ブルガリショック」を踏まえた今後の教訓としては、単なるコスト削減やフォロワー数の多寡だけでインフルエンサーを選ばず、ブランドの理想とする顧客層が憧れる“生き方”や“メッセージ”を持った人物こそが本当に起用すべき相手である、という点です。ここを見誤らなければ、インフルエンサーマーケティングはブランドの魅力をより多くの人に広める強力な手段となり得ます。今後、ハイブランドがSNSを通じたコミュニケーションをいかに最適化していくか、その動向は引き続き注目されることでしょう。